C型肝炎が癒された西別府久子さん(琵琶湖にて)

長年の病いとの戦い

私の姉(西別府久子 52歳)は1982年(昭和57年)に、幼少の頃から患っていた股関節の置き換え手術を受け、大手術の末、これが失敗、回復しないまま長年痛みとともに生きてきました。

  あまりの痛さ、ショックのゆえに当時、真光の業に入信し、数々の惑わしを受け本当の救いを知らず、私がイエス様の事を伝えてもなかなか聞く耳を持とうとしませんでした。さらに2000年、その手術の際、C型肝炎に感染していた事が発覚。もう生きていく希望も喜びも無くしてしまっていました。

姉の救い

  私は、C型肝炎の事を聞いた時、滋賀の姉の所に駆けつけました。そして長崎のイザヤ木原真牧師から、神戸の牧師に連絡を取っていただき、滋賀の自宅に来ていただきました。あれほどかたくなだった姉が牧師の話を熱心に聞き、イエス様を信じ、即日、洗礼を受け、罪の告白と十字架のあがないを知りました。

  私は驚き、姉を救ってくださった神様に心から感謝しました。それから姉はテープによるメッセージを聞き続けました。また、その日から同じ主イエス様を信じる者同士として、私は毎日いやしのために祈り続け、主の奇跡を待ち望みました。

C型肝炎のいやし

そして関節炎については今年6月、佐賀の名医に巡り合う事ができて股関節の手術を受け、手術も大成功でした。やがて痛みから完全に解放される時も近いことと思われます。そして、その時何よりも驚いたのは、手術前の検査で完全にC型肝炎がいやされ、ウイルスが消えていたことでした。(完全に、数値はマイナスのまま)。また、それまで異常値だったGOTも 、GPTは と完全に正常値になりました。医師も本当に驚いておられました。主は姉をいやしてくださったのです。私は主をあがめました。

  しかし、ここまでの歩みを思い起こすと決して平たんな道ではありませんでした。通常の治療でも完治は難しいといわれるC型肝炎ですが、途中改善しても再びウイルスの数値がプラスとなり、つぶやきかけた事もありました。

息子のいやしが励ましに

そんなとき私にはいつも心に残るメッセージがありました。「つぶやかず祈り続けること」。これは、息子が4歳の時「川崎病」になり、なかなか回復しなかった時、看病のかたわら教会のテープを聞いて励まされたものです。(もちろん息子はその後急激にいやされ回復し、今年は小学校2年生として、 夏休みCS子どもキャンプでたくさんの恵みを受けました。) そのときと同様、主のみわざを信じて、信じ抜いていく時、主の奇跡と大いなる逆転の勝利が待っているということでした。この息子のいやしの体験がいつも姉の病気についても励ましとなって祈り続けることができました。


川崎病が癒された佑馬君(左)
著者中央

いつも共におられる主

手術の成功も素晴らしい恵みなのですが、医者も驚くC型肝炎のいやし、その奇跡が姉にも大きな信仰の励みとなり、私も喜びを共にしています。
  これからも姉は足のリハビリを続けながら一日一日股関節が回復していくと思いますが、股関節の治療との闘い 年、C型肝炎との闘い4年。本当に長い闘いでした。しかし、いつもどんな時にも主が共にいてくださり、私たちの闘いを勝利に導いてくださいました。 これからも二人で力を合わせて祈り、家族の救いのために努めたいと思います。
  主は勝利、主はいやし主。ハレルヤ。

( 福岡県 松原正和 )
み声新聞279号より抜粋−
   教会では病気が治るようにお祈りいたします。ご遠慮なく、教会にお越しください。

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