● 福岡西方沖大地震の翌日に洗礼

双子の妹さんと一緒に賛美をする著者(本人左)
私は去年の5月に行われた飯塚カリスマ聖会で自分の罪を認め救われ、今年3月21日、福岡西方沖大地震の翌日に行われた飯塚カリスマ聖会で洗礼を受けました。そもそも私と教会(主の十字架クリスチャンセンター)との出会いは、11年前にまでさかのぼります。
当時私は東京の小平市に住んでいました。ある日、現在は鳥取で牧師をしている姉が訪ねて来ました。数日私の部屋に滞在したのですが、その時に主日礼拝に誘われました。私はまだクリスチャンではなかったのですが、何の抵抗もなく素直に「うん、行く!」と言ったのを覚えています。そして国分寺の駅ビルで行われていた主日礼拝に参加しました。
その日から私が救われるまでの約10年間、姉をはじめ多くの方々が私のために感謝し祈り続けてくださったことを、心から感謝します。
● 感謝したかったから
私が主を信じた一番の理由は、感謝したかったからです。両親にはもちろん感謝していますが、世の中には両親や人の力を超えたさまざまな素晴らしいことが起こります。これらの事を誰に感謝したらいいのだろう。そう思いながら、私は感謝する対象を探し求めていました。
そして5月のある日、先に洗礼を受けていた妹から飯塚カリスマ聖会に誘われたのです。カリスマ聖会という言葉の意味も知らず集会に参加し、心の準備も何もないまま救われました。こんなんでいいの?!とあまりのあっけなさに救われた実感もないままのスタートでした。
主からの教えとして、祈り、賛美、感謝など色々ありますが、先に述べたような理由から私は特に感謝を中心にクリスチャンとしての日々を送っていました。
● スマトラ沖大地震 大津波から守られた私
去年の12月にタイに行く機会があり、クリスマス前後に海に行こうということになりました。私は迷いもせ
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| 福岡西方沖大地震の翌日に洗礼を受ける著者 |
ず世界一のリゾート地であるプーケット、特に映画でも有名になったコピピに行きたいと言いました。
しかし行き先はすでに別の場所に決まっていました。それはコピピから一番遠い湾内の離島でした。その事を知った時、私は少しがっかりしました。しかし私はその時も感謝しました。私がわがままを言ってコピピに変更することもできたのですが、主の教えに従い、すぐに感謝しました。そして津波が起こったあの日のほぼ同時刻、私は離島の海にいたのです。
● 2つの選択肢
もともとあの日、私には2つの選択肢があったのだと思います。感謝せずわがままを通してコピピの海にいる道と、感謝して主の教えに従い、導かれていた離島の海にいる道と。もし感謝せず、わがままを通していたら…。
津波発生から2、3日はショックで眠れませんでした。朝が来て目覚め、2度とこうして目を開くことがなかったのかもしれないと思うたびに、主の力の偉大さと守られた事を思い、感謝せずにいられません。もちろん行く前に祈りましたし、周りの方々も祈ってくださいました。主はこれらの祈りを無駄にはされなかったのです。
洗礼式の後、「お姉さんと一緒に妹さん(私たち)が救われるように祈った事を思い出しますよ」と言ってくださった講師の牧師の笑顔が忘れられません。主に触れた10年前から救われた今日まで私を守り導いてくださった主に、これからも絶えず感謝し続けていきたいと思います。
(福岡県飯塚市 森原恵子)