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主日礼拝メッセージ 創世記 12:1-4 |
パウロ秋元牧師
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2009年 12月 6日 |
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創世記 12:1-4 アブラハムは聖書で「信仰の父」と言われています。それは信仰の模範であるということです。アブラハムのポイントは何かというと、神がアブラハムに語りかけた時、神の声を聞いて従ったということです。ですから、私達の信仰の一つのポイントは神の声を聞いて、それに従うことです。 神の声を聞くために、多くの場合、祈っています。「神様、これはどうですか。」と聞いているのです。これが神様の語りかけと神様の言葉を受ける大きなポイントとなります。祈る時に主は答えてくださいます。 でも、多くの方々は神様の確認がない前に祈りをやめてしまいます。神の言葉を受ける前に祈りをやめてしまうのです。ハワイのある方が言っていました。猫が病気になってしまい、病院に連れて行ったのですが、もうだめだと言われたそうです。でも、あきらめきれないので、ずーっとそばにいて三日間ぐらい祈り続けていたそうです。そうしたら、猫の状態は変わらないのに、治るとわかったのです。つまり、猫のために祈っている間に祈りきってしまったのです。すると、猫はどんどんよくなって治ってしまったそうです。この時、祈りきったのです。祈るということは非常に重要です。そして、祈りきりますと、ある確信や感覚がきます。そこに一つポイントがあります。私達がはっきりと神の言葉を、祈りを通して知り、確認をもって対応するということは非常に重要な意味合いがあります アブラハムは神の声を聞いたのです。聞いて従ったのです。これは信じるとともに信仰の原型です。この中に大きな祝福とポイントがあるということをどうぞ覚えておいてください。 |
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