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へブル人への手紙11:1
何事にも型というものがあります。型がしっかりしていないとうまくなりませんし強くなりません。信仰にも型があります。信仰の型をしっかりさせておくということは信仰が確立する上で重要な意味合いを持ちます。「信仰は聞くことから始まり、聞くことはキリストについての御言葉によるのです。」とこう書いてあります。これは何かと言いますと神の言葉を信じ神の言葉に立つというのが信仰の土台ということです。例えば「すべてを感謝しなさい。」という言葉があります。どうして感謝するのかと言いますと、悪い事、マイナスの事が皆さんに起こってきます。しかしそれを赦されているのは神様です。ですからそれが赦されている中に神様の素晴らしい計画があります。だから「すべてを感謝しなさい。」と言っているのです。私達は神の言葉、これが正しいということを信じるのです。ですからすべてを感謝するのです。その時に私達は神の業を見るのです。
主の十字架の方々は特に雲虹などで強烈な感謝の証しを書いています。例えば上舘さんの証しで、高校を中退して結婚をしましたがお腹に子供がいるときに離婚をさせられて、慰謝料なし養育費なしで路頭に迷いとんでもないことになり、なんと自分は不幸な女だと思ったそうです。しかしこの間再婚された御主人に「なんとあなたは幸福な祝福された女なんだ。」と言われて本当にそうだと思ったそうです。ではどこから変わったのか、それは主の十字架に来てすべてを感謝するという言葉を受け取って信頼し、そこに立った時から変わって行ったのです。それが人生を変えるのです。
この11章1節の「信仰は望んでいる事がらを保障し」とありますが、これは何を言っているのかといいますと、望んでいる事がらというのは神の私達に対する約束です。神の約束に対して信仰があるならこれは成就することの保障であるということです。言い換えれば信仰があるならば確かにそうなる。と言っているのです。神の示し(神が語られたかどうかの確認が必要ですが)、約束があって信じることができたならばこれは確実なのです。ローマ4:18にもあるように、信じることと成就とは関係があるのです。ですから信じるということが一つキーポイントになっているということをどうぞ覚えていただきたいと思います。その中で主の業が起こってきます。
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