主日礼拝メッセージ 1ヨハネ 5章 14,15節 |
パウロ秋元牧師 |
2010年 1月 17日 |
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1ヨハネ 5章 14,15節 ここでは祈りの事を言っていますが、祈りはクリスチャン生活で体験的な面を開き重要です。今、神様から語られているのは早天祈祷の確立です。早天とは、皆さんが朝起きて一番最初に祈り、聖書を読む時を持つ事です。これは神様に一日の一番大事な時を捧げる事で、主を第一にするという意味です。又、十分の一献金も同じで、経済を通して主を第一にしている事を表します。早天祈祷が苦手という方は、起きて祈りながら寝てしまうのは祈りなので覚えておいて下さい。チョー・ヨンギ牧師も言われましたが、私もそう思います。私は一日一時間祈ろうと祈り始めた時、1,2分祈って後、何を祈っていいかわからなかったので、祈りの格好をしていることにしました。すると気がつくと2時間位経っているのですごいと思ったら、下によだれが溜まっていました。しかし私はそこから祈りが聞かれるようになり、祈り方がわかってきました。勿論、寝ない方がいいのですが、まず祈りの格好をしておいて下さい。祈りは強力な力を持ち、神様の特別な助けがあります。かつて私は祝福を頂きたくて祈っていた時、「主の十字架を負いなさい」と語られました。ゲーッと思いましたが神様がくれる物はゴミでももらっておいた方がいいと思いました。すると神様は「十字架を負うことはできませんね」と言われ、自分でもすぐ負えないとわかりました。でも負えるようにして下さいと祈りました。その1年後に祈りの答えがきました。足を折って入院した時じっと寝ていないといけませんでしたが、私はじっとしていると頭がおかしくなってしまう性分なので、神様助けて下さいと祈りました。すると神様が一日の過ごし方を教えて下さり、2,3週間軽く過ごす事ができました。その時、十字架を負えるとわかったのです。神様がいて、祈るならどんな場合でも助けて下さることを教えられました。それから「主の十字架」の働きがスタートしたのです。試練や問題は神様が栄光を現わすというみこころがあります。「みこころの祈りをするなら神は聞いて下さる」だから「受けたと信じなさい」とあります。これは祈りの次の段階の事を言っています。ある方は問題があって私の人生どうなるかわからないと思っていますがそれは間違いです。問題に対して神様を求め、従うなら最善を与えて下さるのです。ですから問題に対して「最善が起こる事を感謝します」と受けたと信じるのです。ここで誤解が起こるのは、最善とは自分の思った通りになるのが最善だと思っている方がいますが、必ずしもそうではありません。神様の思った通りになる事が最善なのです。神様に示されている事ならその栄光を見ます。祈りはとても重要である事をどうぞ覚えて下さい。 |
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