主日礼拝メッセージ 詩篇 105篇 1~5節 |
パウロ秋元牧師 |
2010年 2月 7日 |
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詩篇 105篇 1~5節 ここで主が何をなさって下さるかということが書いてあります。4節に「恵みとあわれみとの冠をかぶらせ(る)。」と書いてあります。私達の人生において、神様は良いもので満たして下さるのです。神様は私たちを恵んで下さるのです。「恵み」というのはふさわしくない者が受ける祝福です。 私の次男と三男の誕生日は8月2日です。彼らが小さい頃、「プレゼントは何が欲しい?」と聞いたら、「本物の刀が欲しい。」と言うので、ビニールの刀を買ってあげました。すると、長男が「なぜ僕にくれないの?」と言うのです。彼の誕生日は12月28日ですから、その時、買ってもらう権利がないのです。すると、いつもケンカしている次男が言いました。「お父さん、買ってあげて。」それで、彼が欲しいと言う2500円ぐらいのロボットのおもちゃを買ってあげました。次男と三男に買った刀は250~300円のビニールの刀です。プレゼントをもらう権利があるのは誕生日の二人で、長男は何の権利もなかったのに約10倍も高い物をもらいました。これが恵みです。皆さん、私達は祝福を受ける権利がないのです。罪人ですから滅びるのです。しかし、十字架によって全ての罪が赦され、祝福を受けることができるのです。私達は恵みと憐みの冠をかぶされるのです。 クリスチャンになると自分が罪人であることが分かり、罪から離れ始めます。でも、自分の力では罪に打ち勝つことはできません。私達に必要なきよめも恵みなのです。ですから、皆さん、神に頼るのです。恵みによって神さまに頼り、神様の力をいただき、また、結果も神様に委ねるのです。神様が神様の方法で建て上げて下さいます。 私達が罪を赦され、祝福を受けるのも恵み、変えられるのも恵み、奉仕するのも恵み、奉仕する中で主が働かれるのも恵みです。私達は恵みの冠の中を生きる者です。神様の恵みによって私達は飾られ、祝福を受け、人生における勝利とわざを見る者であることをどうぞ覚えておいてください。
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