主日礼拝メッセージ ヤコブの手紙 1章 2~4節

パウロ秋元牧師

2010年 2月 21日


 ヤコブの手紙 1章 2~4節  

 試練は嫌なものですが、起こって来ます。試練が起こると、あぁーと思うのです。しかし主は「この上もない喜びと思いなさい」と言っています。それは試練はつらく、大変な事ですが、最高の喜びとなると言っているのです。「この上もない喜び」というのは、要するに信仰の対応を取りなさいということです。これは命令です。なぜ命令かというと、試練に対しては感情では皆、不幸と思うのが当然です。しかし感情に乗るのではなく、信仰の意志を持ってこの上もない喜びと思いなさいということです。そしてこれが結果に関わって来ます。神様を知らない人は神を信じることをお勧めします。神を知っている人は沢山の御言葉の約束がありますから試練や問題から、祝福、素晴らしいわざが起こって来ますので、神に信頼しましょう。私が今まで見て来た事で本当に素晴らしかった事のもとは試練でした。ですから皆さんの試練の後ろに素晴らしい神の計画があり、それは成就します。3節、試練の時に大変な事になったと思う面と、信仰を試される面があります。試練になった瞬間、何か神から隔絶されたような気がしませんか?神の愛はどうなってるのだろうかとか。つまり神様は試練の時に私達の信仰を試しているのです。神様と付き合うには神がどこのポイントをついているのかを知ることは重要です。「信仰が試されると忍耐が生じる」とは、信仰が試されても信じているということです。問題なのは信仰が試されてあきらめてしまったら、信仰の忍耐は育っていないので試練の受け損です。試される時、主に信頼するなら忍耐ができて来ます。私が病気の時、神は「いやされる」と言ったのに、どんどん悪くなりました。しかし祈ると神様は「いやす」と言います。ですからそこに立っていました。私達が主に立って行くのならば、信仰の忍耐が生じます。それは神の言葉の成就を待ち望む忍耐です。その忍耐は問題の解決を現わすのは当然の事ですから、神の語った言葉を失ってはなりません。しかしこの箇所では問題の解決の事は言っていません。4節、「~成長を遂げた、完全な者となります。」試練を通して試された忍耐が成長する力となり、私達が立て上げられ、聖化されていくことを言っています。


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