主日礼拝メッセージ マタイ17:20

パウロ秋元牧師

2010年 4月 4日


 マタイ 17:20 

 最近の新聞や世界の動きを見ていると大変な時代に入ってきていると思います。この時、神様がいることといないことには大きな差があります。私達は神様がいることの祝福と恵みを体験していく必要があります。その時、信仰が大きなポイントになります。

 今日の個所に、「からし種の信仰」が出てきます。この信仰があったら、私達にできないことはないと書いてあります。ここに書いてある「(信仰が)薄い」ことも、「からし種(の信仰)」も、両方とも小さいことであり、弱いことの象徴です。でも、信仰の種類が違うのです。ルカ17:6を見ると、「からし種」を他の方面から言っています。そして、「からし種」の信仰があったら、桑の木が根こそぎ海に植わると書いてあります。その前に5節で使徒達が、「私たちの信仰を増してください。」と言っています。すると、イエス様は、「からし種の信仰、ちょっとでも信仰があればわざは起こる。」と言いました。皆さんには「からし種」以上の信仰がありますから、これは適用できるのです。

 それでは、「からし種」は何を意味するのでしょうか。同じことについて言っているマタイ21:21を見て下さい。「からし種」に対応するところには、「信じて疑うことがなければ」と書いてあります。しかし、私達は疑う者なのです。実は、これはある信仰の態度について言っているのです。

それは何を意味しているのでしょうか。マルコ11:22~23、そして、24節には、「受けたと信じなさい。」と書いてあります。ですから、「からし種の信仰」は「疑うことのない信仰」であり、「受けたと信じる信仰」なのです。その時、その通りになるのです。ただし、「御心のことならば」、その通りになるのです。

これからすさまじい時代になってくると思います。それは再臨前だからです。皆さんの人生にもいろいろな問題が起こってくるでしょう。その時、私達は気をつけなければなりません。「受けた」という信仰は意図的に用いる必要があるのです。そして、「受けた」という信仰のポイントは、神様に「聞き従う」ことです。また、「告白」です。神様はこういうことをなして下さると示されたことを言うのです。私達が「からし種の信仰」を使う時、神様は豊かにわざと恵みを現して下さいます。


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