聖書にはノンクリスチャンよりもクリスチャンのほうが、またクリスチャンでも献身し
た人のほうが、より試練が多いと書いてあります。さらにリバイバルを目指している人
は、試練が多くなります。ところが試練というのは、実は祝福なのです。聖書には試練を
この上もない喜びと思いなさいと書いてあります。みこころを行っているなら試練に遭い
ます。試練に遭うのは、みこころを行っている1つの証拠です。主がみこころを行ってい
る人を豊かに祝福される前に、試練が許されます。
しかし試練に対しては対応があります。試練が来るとつぶやきが出ます。これは肉の反
応です。ただ聖書ではそういう対応をするなと言っています。この上もない喜びと思えと
書いてあります。これは試練に対する対応を根本的に変えます。喜びと思うときに主は試
練に対応する力を与えられます。また主は皆さんに許されている試練に対して、勝利を与
えられます。文句やつぶやきは避け、感謝をし、祈ってください。そして神のことばを前
面に立てて対応していくのです。試練に対して神のことばなしで対応するのは素手で戦う
ようなものです。ことばは盾と剣となります。いろいろな問題や困難に遭ったときは、神
のことばを用いてください。ことばを受けて対応するときに問題が解決するのを見ます。
主はこれらをとおして私たちに生ける神さまを知らせ、信仰を建て上げられます。なぜか
というと、これからの働きは人間の力や能力ではできないからです。問題の前にへたりこ
んではなりません。それは不信仰です。神さまが問題を解決してくださいます。しかし自
分の思いのような解決ではなく、神のみこころの解決となることを覚えてください。また
短期的に見るのではなく、長期的に見てください。長期的に見ると神が素晴らしいことを
なしてくださったということがわかります。そして神のことばには特別な力があることを
覚えていてください。