主日礼拝メッセージ 創世記 1:1~5

パウロ秋元牧師

2010年 6月 13日


 創世記 1:1~5 

    聖書にはノンクリスチャンよりもクリスチャンのほうが、またクリスチャンでも献身し た人のほうが、より試練が多いと書いてあります。さらにリバイバルを目指している人 は、試練が多くなります。ところが試練というのは、実は祝福なのです。聖書には試練を この上もない喜びと思いなさいと書いてあります。みこころを行っているなら試練に遭い ます。試練に遭うのは、みこころを行っている1つの証拠です。主がみこころを行ってい る人を豊かに祝福される前に、試練が許されます。

  しかし試練に対しては対応があります。試練が来るとつぶやきが出ます。これは肉の反 応です。ただ聖書ではそういう対応をするなと言っています。この上もない喜びと思えと 書いてあります。これは試練に対する対応を根本的に変えます。喜びと思うときに主は試 練に対応する力を与えられます。また主は皆さんに許されている試練に対して、勝利を与 えられます。文句やつぶやきは避け、感謝をし、祈ってください。そして神のことばを前 面に立てて対応していくのです。試練に対して神のことばなしで対応するのは素手で戦う ようなものです。ことばは盾と剣となります。いろいろな問題や困難に遭ったときは、神 のことばを用いてください。ことばを受けて対応するときに問題が解決するのを見ます。 主はこれらをとおして私たちに生ける神さまを知らせ、信仰を建て上げられます。なぜか というと、これからの働きは人間の力や能力ではできないからです。問題の前にへたりこ んではなりません。それは不信仰です。神さまが問題を解決してくださいます。しかし自 分の思いのような解決ではなく、神のみこころの解決となることを覚えてください。また 短期的に見るのではなく、長期的に見てください。長期的に見ると神が素晴らしいことを なしてくださったということがわかります。そして神のことばには特別な力があることを 覚えていてください。


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