主日礼拝メッセージ ローマ 8:28

パウロ秋元牧師

2010年 6月 20日


 ローマ 8:28 

    聖書を読んでいるとわかってくる事があります。イエス様を信じている方と信じていない方では、信じている方のほうが試練が多く、信じている方の中でも献身している方のほうが試練が多いのです。又、リバイバルの働きに召されている方のほうが試練が多いです。リバイバルが始めに起こる教会やポイントとなる教会は非常に試練が激しいのです。それらは皆、意味がある事ですから、皆さんにいろいろな困難があったとしても神様は解決して下さるのです。何を通して主がわざを成されるかと言うと、言葉を通してです。私は神の言葉がこんなに強力に働くものだとは思いませんでした。神は本当に言葉に忠実な方で、生きて働いておられ、私達に与えられるものはまさに祝福なのだと思います。ここで「神を愛する人々」と言っています。神を愛する人々には良い事も悪い事も起こって来ます。嫌だなと思う事も許され、失敗もあるでしょうが、マイナスと思われる事を主が働いて全てを益として下さると書いてあります。私はクリスチャンになった最初の頃はこの事は信じていませんでした。「神を愛する」とは神を愛している事だけでなく、神に従う事を前提にしています。ですから皆さんが神に聞き従う時に、この言葉の実質はより明確に現れて来ます。モーセは殺されるところを王女に拾われ、王子として40歳まで帝王学(リーダーシップ等について)を学び、その後でエジプト人を殺すという大失敗をします。その結果逃亡者になり、エジプト人が忌み嫌う羊飼いとなって人生を失ってしまったかのようでした。しかし80歳の時、エジプトからイスラエル人を導き出すようにと主に言われます。モーセは断る理由はいくつもありましたが、人生を変えたポイントは従った事です。ですから従う時というのは従いにくいことが沢山あるものですが、従う中で素晴らしい事を見るのです。モーセは神の働きを行う力が与えられ、イスラエル人60万人を引き出します。この時帝王学が生かされ、40年間荒野をさまよっていた事で荒野を熟知する事ができました。そうなると彼の人生はまさに全てが益となったのです。聖書のどの器も失敗やマイナスが許されており、主の道を行った時に全てが益となっています。皆さんが主の御心の道を行く時に全てが益となります。主は私達の弱いところに力を与えられ、私達の思いを超えて、人生に完璧にわざを成して下さいます。


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