主日礼拝メッセージ  ヨシュア記 5章13~15節

ペテロ窪田牧師

2010年 7月 11日


ヨシュア記 5章13~15節 

 14節は、イスラエルチームで与えられた今年の御言葉です。

5:13は、イスラエルが40年間シナイ半島をぐるぐる回って、いよいよ約束のカナンの地に入る最初の戦いの直前で、エリコに向かって行った時、主の軍の最高司令官が既にヨシュアたちの前にいたと書かれています。

14‐15『すると彼は言った。「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。』

ここで何を言っているかというと、ヨシュアたちの戦いはカナンの地を占領する本格的な戦いですが、実は彼らが戦うのでなく、主が戦い、頭である主の前に、しもべとして主に聞いて従って行くという事柄が書かれています。

主が頭であって、この戦場の歩みも神様が頭であるということを確認しているわけです。

エリコの城壁は、普通のやり方では絶対に落ちない、崩すことは不可能な状況でした。しかし、6:3‐5(6日間毎日1周回って、7日目に7週回り、時の声をあげなさい。)と神様は語られました。ヨシュアは神のことばを聞いて、愚かに見えるかもしれませんけれども、言われた通りにやったのです。ヨシュアたちはしもべとして、頭である主が語られた事をなすということに徹して行ったのです。

6:20そこで、民はときの声をあげ、祭司たちは角笛を吹き鳴らした。民が角笛の音を聞いて、大声でときの声をあげるや、城壁がくずれ落ちた。こう書いてあります。

言われた通りにやった時に、絶対不可能と言われていたエリコの城壁はくずれたのです。神様はそういうことをなそうとしているのです。

しかし、7章アイという町の攻略では、こてんぱんにやられてしまいました。この町はそんなに強くはなかったようですが、不可能と言われていたエリコの城壁が崩れた時と差があります。アイの町の時には神様の言葉を受けていなかったことと、アカンの罪が原因となって、打ち破ることが出来ませんでした。

神の言葉がある場合と、ない場合でははっきりと違ってくるのです。ただ、ここで悔い改めて、8章でもう一度神の言葉を受けて、アイの町を完全に打ち破ることが出来ました。

私たちの、これからの働きというのは、改めて主のしもべとして神からの言葉を受けて、神の語られた事をなすことが重要です。

どんな壁があっても神の言葉に私たちが従っていくならば、エリコのような不可能な壁も打ち破られるのです。これからの歩みにおいて今一度神様からの言葉を受けて、その言葉に従って行くように求めて行きたいと思います。

 


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