神さまの守りの御手の中で
 ~統合失調症のいやし~

専門学校へと上京

 

1987年4月、自分が自分の足でちゃんと立ち、自分のカで生きているということを証明したくて、わたしは単身、東京に向かいました。わたしは家族で唯一の障がい者です。誰もわたしに期待せず、ただ与えられた日々を淡々と過ごしていた自分を変えようと、家族の反対を押し切っての上京でした。
  まずは、就職するために必要な知識と実践を専門学校で学び、いざ社会へ。特別支援学校で過ごしたわたしには分からないことだらけでしたが、会社や周囲の人とのかかわりの中でいろいろなことを学び、充実した日々を過ごしていたと思います。「わたしはきっと、この地で幸せに暮らしていくのだろう」と思えるような順風満帆な生活は、マイナスだらけだったわたしの思考を大きく変えていきました。  

 

「あなたは統合失調症です」


2001年5月、楽しかったわたしの生活を一変する出来事が起こってしまいました。きっかけは小さな誤解から…。今まで普通に接してきた人たちが急にそっぽを向き、つまらないうわさ話や子どもっぽい嫌がらせが続き、どう対処してよいのか分からず、前向きになれたわたしの心は次第に落ち込み、マイナス方向へと逆戻りしていきました。食事をしようとしても、まるで砂でも食べているような感覚に襲われ、いろいろなことが気になって眠れない日々が続きました。
2002年9月、何とかして壊れかけた心を守らなければと思い、わたしは医師の診察を受けました。そして、医師から「あなたは統合失調症です。薬を飲んで治療しなければなりません」と告げられ、精神安定剤を処方され、その日から投薬治療と力ウンセリングが始まりました。薬を服用し始めてから睡眠は取れるようになりましたが、日々の生活には常に緊張感と不安と恐れが付きまとい、仕事は頑張れたものの、通勤がつらくなり、次第に外出することも怖くなっていきました。

 

頑張ってきたのは何のため?

 わたしがこの15年間、単身上京し頑張ってきたのは何のため? こんな自分は最低だ。イエスさまのことは知っていたものの、その愛の深さと素晴らしさ、より頼む中での祝福を知らなかったわたしは、情けなさとむなしさに打ちひしがれて、生きる希望さえ失いかけていました。そして、このつらさを何とかして取り除きたくて、いけないとは分かっていましたが、いろいろなものに頼りました。霊媒師、水晶玉、健康食品や、お酒に少量の花の搾り汁を混ぜた怪しげな飲み物など…。しかし、どれもわたしの心を不安から解放してくれるものではありませんでした。

 

「教会に行きたい」

 2003年11月、帰郷が間近に迫ったころ「教会に行きたい」という気持ちが突然わき上がり、次第にその気持ちが強くなっていくのをわたしは感じていました。それは不思議な感覚でした。もうすぐ、何もかも捨てて田舎に帰るというのに…。   そんなある日、わたしは電車の中で一人のクリスチャン女性と知り合いになりました。わたしが教会を探していたと告げると、「じゃあ、明日、一緒にわたしが行っている教会に行きましようか」と、誘ってくださいました。

 

賛美が心地よく響き…

 次の日はちょうど日曜礼拝の日でした。高円寺にあるその教会は、とても温かくわたしを迎えてくださり、初めて聴く歌集『やすらぎの歌』(荒地に川ミュージック)の賛美は心地よく響き、「教会はキリストのからだ キリストの満ちているところ」「主はやぐら わが盾」などの言葉がすーっと心に入り、わたしはこの揺るがない大きな守りの中に入ったことが分かり、喜びで満たされていました。

 

闇から希望へと

 わたしはやっと見つけた教会で、神さまからの大きな愛と、すべてを感謝することにおける祝福を知り、発病してからずっと出口の見つからなかった真っ暗闇の心が、神さまからの希望の光で照らし出されていくのを強く感じました。占いも開運グッズも、健康食品も精神安定剤も、わたしの心の病を解放してはくれませんでした。しかし、神さまが導かれた教会に入った時から、わたしの心の解放は始まっていたと思います。その中で、味の感覚がおかしくなり食べられなかった食事も、少しずつ食べられるようになり、薬を飲んでボーっとしていた頭もだんだんすっきりして、頻繁に飲んでいた薬を少しずつ減らすこともできるようになりました。
  さらに感謝なことに、沖縄に帰郷後も教会に通えるように、同じ「主の十字架クリスチャンセンター」の教会も紹介してくださいました。その時、A牧師のおっしゃった「主の十宇架の教会はたくさんありますから、どこに行っても大丈夫ですよ」という言葉が、わたしをさらに安心させてくださいました。

 

教会につながることによる祝福

 その後、沖縄の教会に通うことになり、教会では20年ぶりの知り合いとの再会、孤児院部門の祈祷会への参加、賛美の働きへの参加と、神さまは対人恐怖症のようになっていたわたしを、次々と奉仕の場へ立たせてくださいました。
  A牧師が沖縄に来られたカリスマ聖会のミニストリーでは「聖霊のバプテスマ(初めて聖霊に満たされること)を受け、異言を求めなさい」と語られ、沖縄の教会で2回、2004年の白馬キャンプで1回の聖霊のパブテスマのために祈っていただき、御霊の満たしの恵みにあずかることができました。特に4回目は所属教会のN牧師を通して、教会につながること、祈ること、聖書を読むことと、基本的な信仰生活を守ることの重要性が語られ、さらなる霊的な祝福にあずかることができたように思います。

 

精神安定剤の服用に終止符

 2006年12月末、平安があったので、手持ちの薬がなくなったことをきっかけに、精神安定剤をやめることができました。その後4カ月ぐらいして「もう大丈夫」という思いが与えられたので、教会の日曜第3礼拝で証しすることができ、神さまに栄光をお返しすることができました。今でもわたしは薬を飲まずに普通に生活し、仕事もし、教会にも通っています。「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれで、あなたのおきてを学びました」(詩篇119篇71節)
統合失調症による心のダメージは、わたしの想像を絶する苦しいものでしたが、このことも神さまが用意された試練であり、教会から離れていたわたしが、再び神さまの元に立ち返るチャンスとなりました。心から主をほめたたえ、感謝いたします。

 

(沖縄県 宜保香代子)

 
統合失調症がいやされた著者の宜保香代子さん

み声新聞 546号より抜粋−

 

教会では病のためにお祈りいたします。教会にお越しください。