教会に戻ったその中で顎関節症のいやし
「あかしのことばのゆえに彼に打ち勝った」

許された病

 

私はイエス・キリストを信じてから、主の十字架クリスチャンセンター東京アンテオケ教会で学び歩ん できましたが、2001年の殉教聖会(1597年2月5日に日本で初めて殉教した二十六聖人の殉教400周年を記念して1997年に「長崎殉教記念聖会」 が開催されて以来、1998年を除いて毎年開催されている)を最後に自分の力に行き詰まり、教会から離れてしまいました。その約10年間、たくさんの問題 が許されましたが、中でも顎がく関節症はとてもつらいもので、医者からは「もう治らない」と宣言されていました。朝起きると、両手で顎を押さえ「ガクンガ クン」と整えるのが習慣になっており、人と話してもすぐ顎が苦しくなり、歌を歌おうとしても顎が引っ掛かり、口がうまく開きません。異言で祈ろうとして も、すぐ顎が苦しくなり祈れずにいました。顎関節症は、私にとって非常に困難な問題でしたが、もう治ることはないと諦めていました。

教会に戻ってから
そんな中で、私は他の問題も抱え、教会へ戻らないと自分自身が保てないまで追い込まれてしまい、多 くの方助けと主のあわれみの中で、教会へ戻ることができたのです。毎週の主日礼拝が守られ、聖書を読み、祈る中で、あらためて再献身した私は、神さまに心 から祈り始めました。「天のお父さま。私と私の人生全てを主にささげます。あなたの栄光が現されますように。顎関節症を感謝します。この口を主の御用のた めに用いていけますように」。主と共に歩む喜びを再びかみしめながら、日々歩んでいました。

 

殉教聖会の メッセージを通して


  2011年の新年を迎え、2月5日、殉教聖会が持たれました。今回は、インターネットによる配信を通して視聴しました。どのような語りかけがあるか主に期 待し、心を静めパソコンの前に座りました。賛美がささげられ、牧師のメッセージが始まりました。  メッセージの聖書箇所、黙示録12章11節「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを 惜しまなかった」を聞いた瞬間、口が解かれる、と強く感じました。 主から語られた事にドキドキし胸の高鳴りを覚えながら、その晩、いつも通り聖書を読もうと通読箇所を開きました。エゼキエル書から、預言者エゼキエルの歩 みを思いながら読み進めていきましたら、1つの箇所が心に強く入ってきました。「主の御手が私の上にあり、朝になって彼が私のもとに来る前に、私の口は開 かれた。こうして私の口は開かれ、もう私は黙っていなかった」(エゼキエル書33章22節)

 

主から離れていた時でさえ


  いやされたことを喜びながら過ごした数日後、また1つの語りかけがあったのです。1日が終わ り、聖書を読もうと通読箇所を開いたところ、この聖書箇所が心に留まりました。「わたしは彼らにとっては、そのあごのくつこをはずす者のようになり、優し くこれに食べさせてきた」(ホセア書11章4節)  くつことは何だろうと思い、調べてみましたら、「牛馬などの口にはめる鉄や縄で作る籠。かみついたり農作物を食べたりしないようにするもの」と、ありま した。顎関節症で悩んでいた約10年間、私は主に背を向け心を閉ざし、教会から離れ去っていました。自分の思うまま好き勝手に歩んでおり、まさに「くつ こ」をかけられなければならないような状態だったのです。この語りかけに深く納得しました。  そして、主から離れていた時でさえ、主の手の中に置かれていたことを感じ、心から主をあがめました。主は素晴らしいわざをなしてくださいました。全ての 栄光を主にお返しいたします。

 

 

 

(東京都 伊藤由美子)

 

み声新聞2011年5月1日号(第621 号)より抜粋−

 

教会では病のためにお祈りいたします。教会にお越しください。