■ 教会から離れていたときに


難病「成人発症スティル病」からいやされている著者

  私は1年間、教会から離れていました。教会を離れても聖書を読み祈ることは続けていくつもりでしたが、下は2歳から小学生までの4人の子育てと、午前中の仕事を始めてから日々の生活に追われ、聖書を読むどころか祈ることも忘れていたように思います。4月からさらに高収入を得ようと新しい仕事を探していた矢先に、神さまは「病」を許されたのです。



■ 原因不明の病 再び祈り始める

 今年の2月頃から手首や手や足の関節が痛くなり、夕方になると悪寒がし、熱が出るようになりました。リュウマチではないかと思い、専門の病院で診てもらいましたが、リユマチではなく、原因が分からないまま、痛み止めや電気治療等で過ごしていました。

  3月に入り痛みは全身に広がり、体中が痛く、横になることも起き上がることも歩くことも困難になりました。そのころより私は再び祈り始めたのです。「この苦しみから私を助けてください」。自分ではどうすることもできず、ただ祈りました。

■ 私のそばに居てくださった神さま

  40℃の高熱が出始め、足がつりそうになるほどの体の震え、全身の痛み苦しさのあまり、祈りがおえつとなり涙があふれてきました。しかし自分が苦しくなればなるほど心に平安があるのです。神さまがすぐ近くに感じ、私を見守っていてくれているという思いになるのです。神さまの何か大きな計画を感じ、忘れかけていた大切なものを思い出させてくださいました。私はつくづく神さまに愛されているという感じがあり、喜びがありました。

  私は3人姉妹で、長女がこの教会にいるために、牧師に私の状況を伝えてくれ、教会の方々が私のために祈ってくださっていることを聞いていましたし、その他多くの方の祈り、自分自身の祈りを神さまは必ず聞いてくださる、必ずいやしてくださると信じていました。

■ 難病「成人発症スティル病」  すべてを明らかに、そして、いやしを

  総合病院で看護師をしているすぐ上の姉から、血液外来を勧められ、病院に行きましたがお休みで、急きょ膠原(こうげん)病外来を受診し、その先生がこの種の病気に詳しい医師で、「成人発症スティル病では」と診断されました。しかし、確定できず、確認のため、福岡の大学病院への紹介状を持ち、受診することになりました。検査の結果、先生同士の話し合いで、スティル病と確定し、翌日より下関市立病院に入院し、治療を始めました。

  大量のステロイドを服用し、4日で症状は消え、私は苦しみから解放されました。子どもたちは主人の両親が見てくれました。心配事をすべて神さまに委ね、私は与えられた時間を感謝し、聖書を読み、祈り、神さまと深く交わりを持ち、不安や恐れもない日々の中で、服用限度だった60グラムのステロイド剤も1週間ごとに順調に減り、副作用からも完全に守られ、40日で退院できました。こんな短期間での退院は神さまのいやしです。

  後で分かったことですが、「成人発症スティル病」は、あまり知られていない珍しいもので、症例が少ないため、なかなか病名にたどり着かず、重症化する恐れがある病気だったのです。

  今では再発もなく、薬も減り、元気に過ごしています。神さまは確実に病をいやしてくださっています。すべての事に働き、原因を明確にし、いやしへと導いてくださいました。



 教会に戻り証しをしている著者

■ 神さまの素晴らしい計画

  また、神さまのご計画はそれだけにとどまらずに、私の病を通し素晴らしい栄光を現されました。入院中、同室の女性が救われました。彼女は小学生時代に教会学校に行っていた経緯があり、神さまの話などで話がはずみ、彼女自身の退院前日、牧師を通して、ハッキリとイエスさまを救い主として受け入れ、救われました。

  彼女は18歳から、原発性硬化性胆管炎を発病し、肝臓移植を待っている状態で入退院を繰り返し、苦しんでいました。彼女は数日後、カリスマ聖会で洗礼を受けることになり、私も1年以上ぶりに教会に導かれました。

  神さまは不思議です。私の計画とはまったく違う神さまの計画があるのです。今では、ステロイド剤も60グラムから8グラムへと減りました。病気をいやし、苦しみや悲しみを最善へと変えてくださる神さまに心から感謝します。

(山口県下関市 石丸薫 )

み声新聞 317号より抜粋−

   教会では病のためにお祈りいたします。教会にお越しください。

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