顔にほくろが
もしかしたら皮膚がん?


 跡形も無くなった顔のほくろ(いぼ)

 家内の顔のほくろに気づいたのは1年ほど前のことでした。「こんなところにほくろなんてなかったのに…。いつの間にできたのだろう?」家内もいぶかし気でした。気のせいか、そのほくろは少しずつ大きくなっていき、いぼのようになりました。ちょっと気になりだした折、テレビの「本当は怖い家庭の医学」で、顔のほくろが皮膚がんだったという話が放映されました。

  いぼから半径5センチ四方を切除しないと転移するというものでした。いぼの形態(大きさ、色、形状)が変化していたら皮膚がんの可能性があるので、速やかに専門医へ、と言っていました。

  そういえば初めて発見した時より微妙に色や形が変わってきたように思えました。私はすぐに病院へ行くよう勧めましたが、家内は拒みました。もし皮膚がんだったとしても、入院費や治療費がかかるからということでした。

神さまが保険
イエスさまが保証人

 わが家では長く続く経済の試練の中で、若い時から掛けてきたがん保険も生命保険もすべて解約していたのです。早く診察してもらわないと手遅れになったら…と思いつつも、もうしばらく祈って様子を見ることにしました。

  何十年も掛け続けてきた終身保険や火災保険も一切手放した時、私たちの合言葉は、「神さまご自身が私たちの保険、イエスさまが保証人」でした。だから、「恐れも不安も無い」と。

 


 礼拝賛美をささげている出西ご夫妻

 もし皮膚がんなら
右目と右耳を切除

 私たちの属している教会では、「毎週5人のいやしの祈り」が実践されていました。私たちは5人を祈った後、「顔のほくろ(いぼ)」のいやしを祈りました。

  私たちは立場上、これまで幾人もの末期がんの方と接し、本人の不安や痛みとともに家族の労苦を見てきました。また、何人かの方を天国に送りしました。

  家内は若いころから、乳がん、胃がん、肺がん、子宮がんと、検診に引っかかり、その都度精密検査を受けてきました。今も3カ月から半年ごとに細胞の培養検査を受けています。私は、「今度は顔か…」と思いました。

  家内の顔のほくろ(いぼ)は、右目から耳に線を引いた中間辺りに発生しました。もしそれが皮膚がんだったら右目と右耳を切除しなければいけないのです。

  片方の目と耳を失った家内の姿を想像しましたが、命まで失うことはないと確信していました。家内は髪の毛でほくろを隠し、誰にも言わないで祈り続けました。


 いぼが取れる

 3月に入ったある日、そのいぼがポロリと取れ、赤くくぼんだ表面から血がにじんでいました。私たちはその跡に手を置いて感謝の祈りをささげました。その後再びいぼが発生しないことを願いつつ。

  3月が過ぎ4月が終わっても、それらしい気配は見えず、本当にそこに薄黒いいぼがあって成長していたのかとうそのようです。

  家内は私に言いませんでしたが、毎日いぼの上に自分の手を置いて、イエス・キリストの御名によって祈り、いやされるように命じていたそうです。

 励まし、勇気づけてくれたもの
神のことばと感謝

 信仰の戦いを一つ乗り越えた今、家内がしみじみと思ったことは、「貯金や保険など頼りとするこの世のものをすべて手放した時、初めて正面から一対一で神さまの前にひざまずく真剣な気持ちになれた」と。もはや何も無い、あるのは神のことばだけ、私たちにとって正に背水の陣でした。

  もう一つ、私たちを励まし、勇気づけてくれるものがありました。マーリン・キャロザースさんが来られた福岡聖会で教わった賛美です。

    神さまはすべて益に益に
        神さまはすべてを益にする

    イエスさまはすべて益に益に
      イエスさまはすべてを益にする

    聖霊さまはすべて益に益に
       聖霊さまはすべてを益にする

      (メロディーは「メリーさんの羊」)

私たち2人の祈りの前には、必ず歌います。
(いぼが)取れたと思ったらまたすぐ…。この繰り返しの中で、色や形が次第に「いびつ」になっていくのを見ながら、家内は「時が来たらいやす!」と語られた主のことばを握って、ひたすらに信じ続けてきたそうです。

  真実な主を心からほめたたえます。

(福岡県 出西勝信)
      −み声新聞 366号より抜粋−
 

   教会では病のためにお祈りいたします。教会にお越しください。

ひとつ前に戻る