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ヨルダン

ヨルダン

■首都

アンマン

■民族

アラブ人 98%、チェルケス人 1%、アルメニア人 1%

■言語

アラビア語(英語も通用)

■宗教

イスラム教スンニ派 92%、キリスト教 6% (ほとんどがギリシャ正教、ギリシャ、ローマカトリック、シリア正教、コプト正教、
アルメニア正教、プロテスタント)、他 2% (シーア派イスラム教、ドルーズ)

■聖書から
みたヨルダン

「ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地はツォアルのほうに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。」創世記13章 10節

(聖書の達人から引用)
旧約聖書にヨルダン峡谷が初めて登場するのは、ロトが水量豊富な「ヨルダンの低地全体」を選んだという記事である(創13:10‐11)。この句はヨルダン峡谷全域を指しており、単に「低地」と言うことも多い(創13:12、申34:3、Ⅱサム18:23)。

ヤコブは最初自分の杖1本だけを持ってヨルダンを渡った(創32:10)。古代パレスチナに橋が作られた形跡はなく、ヤコブが渡ったのは、ヨルダン川に数多くある浅瀬の一つだったのであろう。ヤボクの渡し(創32:22)、ミクマスの渡し(Ⅰサム13:23)、エフライムに面する渡し場(士12:5)などはいずれも浅瀬を利用した渡し場のことである。ヨルダン川は自然の境界線となっている(民34章、申3:17)。

パレスチナの北境はヨルダンの水源地「ヨルダンとヘルモンの地」(詩42:6)である。ヨルダンを渡ることを許されなかったモーセ(申3:27)の後継者ヨシュアは、奇蹟によってヨルダン川を渡った(ヨシ3:14‐17)。「アラバの海、すなわち塩の海」(ヨシ3:16)という表現の中の「アラバ」はヨルダン峡谷を指す名称でもある(ヨシ11:2)。「ヨルダンの向こう」(創50:10‐11、申1:1、3:20、25)という表現が好んで用いられた。新約聖書ではこの句はペレヤ地方を指す(マタ19:1)。

アラム(シリヤ)の将軍ナアマンがらい病をいやされたのは、泥土で濁ったヨルダン川においてである(Ⅱ列5:10)。エリシャが水中に沈んだ斧の頭を浮び上がらせたのも同じヨルダン川であった(Ⅱ列6:1‐7)。

主イエスがバプテスマのヨハネからバプテスマを受けたのは、ヨルダン川である(マタ3:13‐17)。イエスは、ナザレからエルサレムに行く際には、ふだんはサマリヤを通らずに、ヨルダン川を渡ってペレヤ地方に出て南下し、再び渡河してエリコへ出、エリコ街道を通ってエルサレムへ行ったはずである。イエスがしばしばエリコを通過したことがこれを裏づける(マタ20:29、マコ10:46、ルカ19:1。参照ルカ10:30‐37)。ペテロの信仰告白はヨルダン川の水源地のピリポ・カイザリヤでなされた(マコ8:27)。

今日ヨルダン川は、イスラエルとヨルダンおよびシリヤの国境となっており、「ヨルダンの向こう」という聖書の表現は、「トランス・ヨルダン」という地理的術語となって使用され、ヨルダン川東側、今日のヨルダン王国に相当する地域を指す。(熊谷 徹)