地獄の苦しみ

 私が風変わりな妊婦であったというだけの事かも知れませんが、出産にあたって、自分が将来迎えるであろう死の予行演習だと思って、陣痛と取り組むことにしました。

  創世記で、神は女に対して、「わたしは、あなたのみごもりの苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。」と語っておられます。神が、苦しんでといっているのだから相当な苦しみがやってくることを覚悟しました。

  助産婦である伝道師の方に、陣痛の苦しみはどんなですか。地獄の苦しみですか。と問うたところ、あなたは地獄という所を知りませんね。そこは、神様がおられない場所なので、この世とは全然違いますよ。地獄の苦しみなんてことはありません、と言われました。 確かに、この世には色んな苦しみがあって中には地獄のような苦しみもあるでしょう。しかし、それでもまだ、苦しみと伴に光があります。どこかで、この世界を支えている神の手が私たちにおかれていることを感じ取ることができます。

  けれども、地獄は神がいないから地獄なのです。あわれみも助けの手もなく、燃える硫黄の中で、尽きぬ火に、たった一人で苦しむというのは、なんと大変なことでしょう。

  死後、罪は地獄に向けてまっさかさまに私たちを導いてゆきます。そこから救われるにはイエス・キリストの十字架による贖いを信じる以外に他はありません。

  この世で生きているうちに、神に出会い、救われることが何よりも大切なのです。

イスラエル北野

み声新聞2004年8月22日号(275号)」 転載についてみ声新聞社の承諾済み(無断転載不可)