弱さのうちに

 神が働かれるところ、それは常にわたしたちの弱さのうちにあります。このことは、聖書に登場する信仰者にも当てはまります。

  新約聖書の中にパウロという人物がいます。彼は新約聖書の多くの部分を執筆しました。その中には、獄中で書かれたものもあります。多くの仲間たちが外で活躍している時、パウロは無実でありながら投獄され、活動も制限されていました。その中で書いた手紙が、聖書となったのです。囚人として、最も弱くされた時、聖書を執筆するという、最も大きな働きをしました。

  わたしは、クリスチャンになったら良いことばかり起こると思っていました。しかし、突然、2年に及ぶ病気になりました。これはその時のわたしには、悪いこととしか思えず、大変な苦しみの中を通過してきました。苦しみの意味を教えてくださいと叫ぶヨブのような日々が続きました。しかし、その背後で神さまは、これを益に変え、祝福しようとそのみわざを着々と進めておられたのです。

  まず、この病気の中で、わたしに付き添っていた母が、イエスさまを信じ救われました。また、友人からの見舞いの手紙のやり取りのなかで、救われる友人も起こされました。

  この病気を通して教えられたことは、イエスさまはどんな時にあっても、共にいてくださったということです。そして、わたしが強い時ではなく、弱い時にそのみわざを現してくださったのです。わたしのかたくなな心は砕かれ、愛が染み込んでくるのが分かりました。強さより弱さを尊ばれる主をほめたたえていきましょう。聖書にも次のように書かれています。 「神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです」(ペテロの手紙第一5章5節)

イスラエル北野

み声新聞2007年5月27日号(第416号)」 転載についてみ声新聞社の承諾済み(無断転載不可)