アブラハムの娘

 ルカの福音書に、18年もの間、腰が曲がって、全然伸ばすことのできない女性の解放のいきさつが書かれています(13章11〜16節)。

 イエスは彼女を見て、呼び寄せ、「あなたの病気はいやされました」と言って手を置きました。すると、たちどころに腰が伸びました。


  この日はたまたま安息日だったので、会堂管理者は異を唱えますが、イエスは「偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やろばを小屋からほどき、水を飲ませに連れて行くではありませんか。この女はアブラハムの娘なのです。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか」(15、16節)と仰せられました。これを聞いて群衆はみなイエスのみわざを喜びました。

 アブラハムの娘とは、神の所有とされている者といった意味です。本来なら神の恵みを相続して自由であるべき娘なのです。しかしサタンは、18年も病の霊で縛っていました。それを知って、イエスは、霊を断ち切り、彼女をその霊の縛りから解放されたのです。

 ある方々の問題は、霊によって縛られている故に起こっているものがあります。しかし、父なる神は虐げられたご自分の子たちを覚えてくださっています。「人の子(筆者注・イエス)は、失われた人を捜して救うために来たのです」(ルカの福音書19章10節)という聖書のことばは真実です。

 イエス・キリストを信じ、救いを受けましょう。イエスは失われたアブラハムの娘や息子を自由にするために来られました。また、このお方によって解決できない問題は一つもありません。わたしたちの解放の望みはこのイエスにあるのです。

イスラエル北野

み声新聞2008年5月18日号(第467号)」 転載についてみ声新聞社の承諾済み(無断転載不可)