イエスというお方

 皆さんのイエス・キリストに対するイメージとはどのようなものでしょうか。キリスト教書店などで、イエスの顔を描いた絵を売っています。なかなかのハンサムです。

  もっとも、それはイエスを描いた人の見方であって、聖書にはむしろ、その逆を思わせる記述もあります。イザヤ書53章をお読みください。

  「彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた」(2、3節)

  この「彼」、これが聖書で描かれているイエスの姿です。イエスはイスラエルの王として、救い主、また、いやし主として、天の父なる神の元から来られました。しかし、ほとんどの人はそれに気付かず、最後には祭司長らに扇動され、イエスを十字架にかけて殺してしまいました。

  しかし、イエスは3日後によみがえりました。復活です。こうしてイエスは、死に打ち勝つ永遠のいのちを与える方として今なお働いておられます。

  また6節には、「主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた」とも書かれています。まさに受難のしもべです。

  皆さんの中に、悲しんでいる人、人に捨てられたと思っている人がいるかもしれません。また病の苦しみの中にある人もいるかもしれません。

  イエスはそのすべての痛み、苦しみを負って、十字架にかかってくださいました。

  イエスを信じるなら、このすべての苦しみに神の解決が与えられます。その上、永遠のいのちまでも与えてくださいます。これが、救いです。

  イエスを信じ、そしてこの救いを受けてください。

イスラエル北野

み声新聞2008年10月26日号(第490号)」 転載についてみ声新聞社の承諾済み(無断転載不可)