ミラーガラス

 わたしの母は牧師であり、しかも70歳です。自然と、思いは天の御国に行くことや、その備えになります。

  死は怖いですか。わたしは怖いです。クリスチャン歴25年をもってしても、自分の力でこの怖さを乗り越えることはできません。主イエスにすがりつきます。主イエスは助けてくださいます。

  イエスを信じるわたしたちの希望は、もし死ぬようなことになっても、時を移さずに、死を超え、神と共にいますパラダイスに行けるということです。

  聖書には、イエスとともに十字架刑についた罪人の1人が主にあわれみを求めたところ、「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」(ルカの福音書23章43節)と言ってくださいました。主イエスを神と認め信じるのなら、煉獄(プロテスタントは煉獄の存在を認めていません)や地獄に行く必要はありません。

  また、さらなる次の希望は霊の内にあります。クリスチャン生活を長く続けるうちに、わたしたちと天国は互いに近くなっていくのを感じます。

  皆さんは、ミラーガラスをご存じですか。こちらから向こうを見ることはできても、向こうからこちらを見ることはできません。

  天の御国もまたこれと同じではないでしょうか。わたしたちからは見えなくても、天国は確かに存在し、そこで御使いたちと召された人たちが共に、地上で生きているわたしたちに、ガラスの向こうからエールを送り、熱心に祈っています。あなたは神を知らないかもしれませんが、あなたは神に知られているのです。

  死にあってもクリスチャンには希望があります。パラダイス、この望みを忘れてはなりません。

イスラエル北野

み声新聞2008年11月23日号(第494号)」 転載についてみ声新聞社の承諾済み(無断転載不可)