主日礼拝メッセージ 創世記 3章 1-6節

パウロ秋元牧師

2011年 6月 12日


 創世記 3章 1-6節  

 サタンに関して、基本的な概要を見て行きます。サタンと言うのは、敵対者という意味で、霊的な存在です。霊的存在は、三位一体の神、人、天使の3つです。そしてこの天使には、いわゆる天使と、堕天使(堕落した天使)の2つ。サタンはこの堕天使を言い、ルシファと言うのが代表です。この下に悪霊がおり、全体をサタンといいますし、個々をサタンと言います。神様が生きて働いている存在のように、サタンも生きています。このサタンは、力を持って働いてきます。

しかし、心配する必要はありません。ヨブ記には、神様が許可したことしか出来ないとはっきり出ています。神様は私たちを愛して最善を与えますから、仮に許されたとしても、それはすべて益になるのです。そのような信仰を持って対応してください。サタンが働いた中で、一番大きな勝利は、神の子イエス・キリストを十字架に付けたということです。しかし、神の最大の勝利は何かというと、キリストの十字架です。主はサタンのわざを、サタンの最大の勝利を、神の最大の勝利として用いたのです。主の許しのもとでしか、サタンの動きは起こらないということをはっきりと覚えておいてください。

そして、サタンの働きの中心は何処にあるかというと、神の語られたことばを盗るのです。皆さんが主に信頼し、主に従うのを妨害するのです。神のことばを曖昧にし、信頼させなくするのです。2章で「善悪の木から食べるな、食べたら必ず死ぬ」。これが神さまの言葉です。それに対して、3章1節「ほんとうに言われたのですか。」と、最初から否定していないのです。ことばが試すのではなく、ことばに働くサタンが試すのです。

インターネットの働きにしても、主は「やる」と言われたのです。そうしたら、最初に来た「できない」と。それは信仰的に言うならば、その時に盗りに来る。盗られたら終わりなのです。そして、「本当に言われたのか?」とやってくる。その時、主の所に行くのです。惑わしの中に沈んでいてはダメです。自分で考えてはダメです。主の所に行くのです。試される数だけ、主の所に行くのです。そうすれば、具体的に守られます。

そして、サタンは揺るがして、3章「あなたがたは決して死にません」と言ってくるのです。神さまが「必ず死ぬ」と言ったことを逆にしてくる。気がついたら、ひっくり返されている。これがパターンです。そうなりますと、多くの場合、そのみことばは成就しないのです。途中で、本当かな、大丈夫かなと思ったら、すぐ主のところに行くのです。これが秘訣です。そして、私たちは勝利のわざを見るのです。みことばの現実を見るのです。

  サタンはいろいろな妨害をしますが、その働きの中心は惑わし、神さまに信頼させなくする。そして、神さまのことばに信頼させなくする。神のことばを奪う。そこにポイントがあるということを覚えておいてください。


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