感謝のリスト 困ったことを1つずつ感謝
感謝を通して父が変わった。骨折と橋本病のいやしも
両親に許されたこと
感謝を通して変えられたお父さんと橋本病が いやされたお母さん |
私が救われる前、両親の状況は悲惨なものでした。母はアルツハイマー病と診断され、被害妄想も激しく、父は母に責め立てられけんかの毎日でした。父は悩み、ある教会に通うようになりました。すると、母も父に対抗して父とは違う教会に通うようになったのです。
そんな中、父は雪道で転んで骨折し、歩くことができなくなってしまいました。それ以来、痴呆も出ていた父は私の住む札幌の病院に入院、母は釧路にいた長男と暮らすようになりました。
私の救いをきっかけに
ちょうどこのころ、私は主の恵みによって救われ、札幌フィラデルフィヤ教会に導かれたのです。やがて神さまの導きにより母も私の家族と札幌で暮らすことになり、その結果、バラバラだった両親を神さまは私と同じ教会に導いてくださったのです。しかも恵みにより、父は病院で聖餐(せいさん)式を受けています。父の病院へもいつも母と一緒に行けるようになりました。
行くたびに「明日退院する。早く家に帰りたい」と言う父を見ていて、私も心が痛みました。しかし、父と母の2人の世話をする自信が私にはありません。母は、今したことも忘れてしまいます。日常生活において常に見守りが必要です。父は歩けず、車いすです。さらに、気を付けていないと何でも口に入れてしまいます。タオルケットの糸を抜いて食べたり、ティッシュや落ちているゴミも食べたりします。父は母の病気のことも忘れてしまい、また2人で暮らせると思っています。
また、糖尿病で食事制限があるのですが食欲旺盛で、食べさせないと怒り出す始末です。そんな2人の世話は私には無理と思っていました。
感謝のリストを作って1つ1つ感謝している著者 |
感謝のリスト・1つずつ感謝を始める
しかし救われてからは、神さまなら父と母が一緒に暮らせるようにしてくれるかもしれないという思いが与えられ、祈るようになりました。祈祷会の時、牧師婦人に「お父さんとお母さんの行動で困ると思うことを書き出して感謝していっては」というアドバイスを受け、早速やってみました。「父が歩けないことを感謝します。父が何でも口に入れてしまうことを感謝します…」。両親のすべての問題行動のリストを作り、1つ1つ感謝をしていったのです。
変えられた父
ご両親と一緒に(後ろが著者) |
ある日病院に行くと、父の顔はとっても穏やかで優しく、持っていった賛美のテープを聴いて本当にうれしそうでした。「早く教会へ行って賛美を歌いたい。今の自分は幸せだ。毎日が楽しくて仕様がないよ。でも、いくらこの病院がいい所でも早く退院したい。ここにはママがいないからな」としみじみニコニコしながら言うのです。こんな病院にいても神さまは父を守ってくださっている、心に平安と喜びを与えてくださっている…神さまの愛、憐れみが感じられ、私は感動で涙があふれそうでした。
いやしの恵みも
今、夫婦の間には笑顔があります。さらに神さまは父が再び骨折した時、3日目に牧師にいやしの祈りをしに行くように示され、その祈りを通していやしてくださいました。母も教会に行き続ける中で橋本病がいやされ、もう薬は飲まなくてもよいと医師に言われました。本当に生きて働いてくださっている神さまに心からの賛美と感謝をささげます。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリストイエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」
テサロニケ人への手紙第一5章16~18節
(札幌市 相沢 朋子)
(注)橋本病(慢性甲状腺炎) 甲状腺の慢性炎症のため、びまん性の甲状腺腫大(しゅだい)や甲状腺機能低下症などを来す疾患。男女比は1対20~30。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
−み声新聞341号より抜粋−
教会では病のためにお祈りいたします。教会にお越しください。