「てんかん」と「学習障害」の後遺症

神さまからのサプライズ

背伸びをする生活から、自然体で暮らせるようになったわたし

「あなたの娘は…大きな助け手となる」

就職も守られ

「てんかん」と「学習障害」が残され…

1987年9月、わたしは大阪郊外にある大学病院で生まれました。生後半年間、わたしはその病院から出られませんでした。膵臓<すいぞう>のホルモン異常による低血糖で、何度も発作を起こしました。脳に栄養が回らず、左脳にダメージが残りました。膵臓<すいぞう>摘出手術のため、おなかを33針縫う手術をし、やっと家に帰れたのは半年後の3月だったそうです。   「ネジデロブレシトウシス」というその病気の後遺症で、「てんかん」と「学習障害」が残され、障がい者手帳2冊を持つ身となりました。

 

神さまの大きな栄光の中に入れられ

わたしが4歳の時、ある事情から、母はわたしの手を引き、父の元から離れ、ゼロからの再出発を図りました。それから、慣れない広島での生活が始まりました。母はよく、人に「居ても地獄、出ても地獄」と言っていました。
しかし母は強く、わたしに涙を見せないように、何があってもいつも笑顔で乗り越えていました。その背後に大きな力がある事を感じていました。三位一体の真の神が、母をとらえて離さない事を見て、聞いて、知りました。当時行っていた教会のある女性から、母は「あなたと茂美ちゃんは神さまの大きな栄光の中に入れられる人なのよ。神さまがその準備に入られた」と言われました。そして、1年半後の2000年3月、母の旧友一家が徳島から広島に引っ越してきて、そのThe Light of Eternal Agapeの教会に母とわたしは行く事となったのです。

 

神さまからのサプライズ

  わたしは「普通学級では無理が生じる」と言う母の考えで、中学、高校は養護学級に入りました。そこにはわたしよりも、もっと大きな障がいを抱えた子どもたちが大勢いました。   今までの無理をし背伸びをする生活から、自然体で暮らせるようになったわたしの心は、ゆったりしてきました。教会で手を上げ賛美し、陽気な牧師の面白いメッセージを聞くことは何よりの元気のもととなりました。わたしの心にイエスさまが住んでくださり、わたしは真っすぐ、前だけ見て生きていけるようになった気がしました。
2000年9月8日に洗礼を受けてからは、頑張らないのに、今まで30点ぐらいしか取れなかったテストが80―100点取れるようになったこと、音符の読めないわたしが耳から聴いただけで歌集『やすらぎの歌』の曲を弾くことができるようになったこと、神さまからのサプライズはいつも感謝です。

 

優良企業店に就職

 わたしは、2006年広島養護学校高等学部を卒業し、地元の優良企業デオデオ電器本店に就職しました。2年半たったつい先日、当時の受け持ちの先生から「あなたに続く人が出てほしいと思ったけれど無理だった。あなたは本当に優秀だったのね!」と言われました。   中3のころ、母は聖会に来られたP牧師から「あなたの娘は、あなたが思う以上に霊的にも肉的にも大きな助け手となる」と預言されました。そして、わたしの高校卒業と同時に、母は、安定していた仕事を解雇され、その後、わたしの給料は家計に大いに頼りとされるところとなりました。また、母は見えるところは快活ですが、実のところは気弱で、この世にへつらわないわたしの「暴言」に大いに励まされているようです。

 

職場は好ましく、楽しい所!

 わたしの職場は、神から見て愛すべき人の集団(まるで主の十字架の教会?)のようでわたしにとっては好ましく、とっても楽しい!!所です。   わたしの持ち場は地下1階のCD、DVD売り場なので、1日中あらゆるジャンルの音楽が流れ、時たま、新人アーティストのミニライブがあったりします。また突然、有名人がCDを買いに来たり、トイレを借りに来たり、それが氷川きよしであったり、マギー審司であったり…。さすが広島市の一等地にあるデオデオ本店だなぁ~と思います。   わたしの仕事は入荷したCD、DVDをケースに入れたり、ロゴ入りのビニール袋に入れたり、荷物の受け渡しをしたり。意外と力仕事なので、暑い夏はとても苦しいです。でも、おかげで体力が付きました。

 

「娘に詩を与える。書き続けよ」

 ちょっと前から、仕事中「ふぅー」と気を抜いた時に神さまがわたしにメッセージを送ってくれている事に気が付きました。「娘に詩を与える。書き続けよ」と預言されていたことを思い出しました。それから、働いている時、いろいろと精神的に参った日々が続き、相談するにも誰に相談すればいいのか分からない時、ふとした時、何気なく与えられる言葉を紙片に急いで書き留めました。すると、次々と主から励ましの示し、言葉が人を通して、物を通して、直接わたしにありました。そして、たまったメモをノートに書いていくことにしました。今はそのノートによって主に励まされています。   今いるこの場所で、これからいったい何が始まっていくのか、何が起こっていくのかはイエスさまが知っておられます。わたしたちはただ、主がなされてゆくシナリオを読み、参加していきしょう! つらい事も悲しい事もすべては神さまのみこころであり、わたしたちの人生の責任者はイエスさまです。神さまからいいことを受けるなら、悪い事も感謝し喜んで受けなければなりません。天国の住人になるまで、神さまからのこのテストに合格し続けたいと思います。


「小さな命にイエスさまの御手が入り、 わたしは救われた。
あの時、
母が祈っていなければわたしは、 いなかったのか…
あの時、 わたしがイエスさまを受け入れたから救われたのか…
長い、長い時間(とき)が流れ、 今こうしているのも、
母がイエスさまを信じていたからだろう。
そして、その祈りに答えてくださった。
だから、笑ったり、泣いたりできるのです。 ハレルヤ救い主、主イエスさま」

 

「どんなに美しく素晴らしい宝石でも、
あなたの前ではただの石ころにすぎない…
なぜなら、あなたこそが、素晴らしく、美しく、 大きな存在だからです」


「目に見える物ばかりが真実ではない。
よくよく目を開き、まわりを見ていなさい。
聞こえる中で大切な言葉を聞き逃さないようにしていなさい。
耳をすまし、よくよく聞き耳をたてていなさい。
口はなんのためにあるか? 
よくよく覚えていなさい。
人を、兄弟、姉妹を傷つけるのではなく、 わたしを語る口となりなさい。
わたしの事を知らない者に語ってゆく口となり、
神をほめたたえる口となりなさい」

 

(広島県 市川茂美)

 

み声新聞500 号より抜粋−

 

教会では病のためにお祈りいたします。教会にお越しください。